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[FIFA女子W杯]天然芝での開催を訴え選手が提訴、人工芝開催の可否は?

トピックス 大住良之(サッカージャーナリスト)

 1978年のワールドカップ・アルゼンチン大会は5都市6会場で開催されたが、そのひとつ、マルデルプラタのピッチがひどい状態だったのが大きな問題となった。

 アルゼンチンの6月は真冬。マルデルプラタは5都市のうちで最も南の南緯38度に位置する。ひっくり返して北緯38度といえば、日本なら宮城県の仙台市とほぼ同緯度ということになる。冬の寒さで芝生が根付かず、試合日が悪天候だったことあって、プレーのたびにボコボコと芝生がめくれる状態になってしまったのだ。

 あのような状態なら、人工芝のほうがよほど良かっただろう。もっとも当時の人工芝は今日のようなものとは遠く、コンクリート舗装の上に固いブラシのようなものが並び、水をまかないとやけどをしてしまうという恐ろしいものだったが…。

■天然芝でのw杯開催を代表選手中心に訴える

 来年の6月6日から7月5日までカナダの6都市を舞台に開催される第7回FIFA女子ワールドカップの6会場がすべて人工芝のピッチであることが大きな話題になっている。

 「ケガの恐れが大きい」と、アメリカを中心に不満の声が上がった。国際サッカー連盟(FIFA)もホスト国カナダのサッカー協会(CSA)も「このまま行う」と強硬な姿勢を見せたため、世界の12カ国、50人(朝日新聞は11月7日付けの紙面で「17カ国、70人」としている)もの代表選手の署名を集め、カナダの「オンタリオ州人権委員会」への提訴が行われた。「男子のワールドカップはすべて天然芝で行われている。

女子のワールドカップだけ人工芝にするのは、女性への差別に当たる」という理由だ。

 中心になっているのは、アメリカ代表FWのアビー・ワンバックとドイツ代表GKナディーネ・アンゲラー(ともにFIFA年間最優秀女子選手賞の受賞者)。だが彼女たちの背後には、かなりやり手の法律家がいるに違いない。「負傷の危険性」についてFIFAが「試合での負傷が起こる率は、天然芝でも人工芝でも同じ」というレポートを出すと、すぐさま人権問題に切り替えたのには、なるほどと感心した。

■女子サッカーの根本的な問題とのリンク

 異論のある人もいるだろうが、私自身は、男子のワールドカップと女子のワールドカップを同一視するのは少し違うのではないかと考えている。男子ワールドカップが1大会で数千億円の収益を出すのに対し、女子のワールドカップでは黒字にすることすら難しいという現実があるからだ。

 実はこれこそ「女子サッカー」がかかえる根本的な問題と言っていい。

 年々盛んになる女子サッカーだが、レベルが上がり、試合も面白くなったと言っても、プロが成り立つ状況ではない。

アメリカで行われているプロリーグNWSLも、アメリカ、カナダ、メキシコの3協会が代表選手の年俸を負担するという形。他の選手の年俸は全員分を合わせて20万ドル(約2300万円)。相当無理をした「プロ」であることがわかる。女子サッカーが盛んなドイツでも、近年力が入ってきたイングランドでも、他の仕事をしなくていいのは1チームで数人程度という「セミプロ」なのだ。

 10年後、20年後にどうなっているかはわからない。だが現時点では女子サッカーは自立した状態とはいえない。男子サッカーが生みだす収益の一部が注ぎ込まれることで成り立っていると言わなければならない。「差別」ではなく、「違い」があるのは仕方がない。

 そして男女のワールドカップ間の「違い」は、ピッチだけにとどまらない。選手たちを宿泊させる施設の違い、「賞金(男子のワールドカップでは、出場しただけで3連敗でも950万ドル=約11億円の賞金が出る。優勝すれば7150万ドル=約83億円だ)」など、ありとあらゆる面で「違い」があるのだ。

■訴えが認められる可能性は厳しいか

 サッカー選手なら、誰でも美しい天然芝の上でプレーをしたい。

 どんなに人工芝が改善されても、たとえば目隠ししてプレーしたときの感触が天然芝とまったく区別がつかない人工芝が開発されたとしても、天然芝の上で味わうのと同じ安心や喜びを感じることはないだろう。理屈などない。もしかすると、人類が裸足で歩いていたころの「遠い記憶」なのかもしれない。

 「現在のFIFA認定の2ツ星人工芝(FIFAは「人工芝」と言わず、「フットボールターフ」と表現する)なら、負傷の危険もなく、天然芝とまったく変わりはない」とFIFAは強調するが、天然芝が選手たちに与える心理的な効果などはまったく考えられていないのだろう。

 その一方で、気候条件によって、天然芝を良い状態に保つことが可能な時期が短い土地では、人工芝のサッカー場で男子でもワールドカップ予選などの公式戦を行えるようになったのは大きな「進歩」と言ってよい。サッカーは世界中でプレーされているスポーツだ。無理に天然芝の競技場を作るより、最新の人工芝をきちんと敷設するほうがプレー環境として良くなる可能性は高い。

 カナダでは、冬が長引くと、芝生の生育が盛んなるのは6月に入ってからになる年もあるという。来年の女子ワールドカップ会場を天然芝にするのは、6月6日に開幕する大会に向けてリスクが大きすぎると、CSAの関係者は語る。

 選手たちが起こした訴訟の行方はわからない。しかし今回の女子ワールドカップでの人工芝使用を回避するのは相当難しいように思う。

 ただ、10月になでしこジャパンがカナダと連戦したとき、第1戦のエドモントンと第2戦のバンクーバーでは明らかに人工芝の「色」が違った。メーカーが違い、おそらく感触もだいぶ違うのではないかと思った。FIFAは「FIFAクオリティープログラムの検査に合格した2ツ星人工芝」というくくりしかしていないが、せめて同じメーカーの同じ人工芝を、同じクラスの工事で6スタジアムに敷設するべきだろう。
(了)