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[U20女子W杯]新時代への希望を感じさせるヤングなでしこの銅メダル

トピックス 大住良之(サッカージャーナリスト)
 2016年は、日本の女子代表チームにとって記憶に残すべき年だったと思う。

 日本の女子代表は、「なでしこジャパン」の下にU−23、U−20、U−17の3つのカテゴリーがあり、アジアでも世界でも大会のないU−23以外の3チームがことし世界の頂点を目指した。

 佐々木則夫監督の下、2011年女子ワールドカップ優勝、2012年ロンドン五輪銀メダル、2015年女子ワールドカップ準優勝という偉業を成し遂げたなでしこジャパンは、2月末から3月上旬にかけて大阪で行われたリオ五輪のアジア最終予選に出場し、6チーム中まさかの3位に終わってオリンピック出場を逃した。

 しかしU−17(リトルなでしこ=楠瀬直木監督)は10月にヨルダンで開催されたFIFA U−17女子ワールドカップで準優勝、U−20(ヤングなでしこ=高倉麻子監督)は11月から12月にかけてパプア・ニューギニアで開催されたFIFA U−20女子ワールドカップで3位という好成績を残した。

 より重要なのは、「世界の頂点を目指したが敗れた」ということではなく、「フィジカル」に頼る傾向を強めている世界の女子サッカーのなかで、日本はU−17もU−20も高い技術と見事なコンビネーションでそうしたチームに対抗し、大半の試合で圧倒的な攻撃を見せたことだった。

 ともに優勝を逃したものの、U−17ではMF長野風花が、そしてU−20ではMF杉田妃和が大会のMVPに選ばれた。選んだのは、ともに国際サッカー連盟(FIFA)のテクニカルスタディー(技術研究)グループである。世界の専門家たちがいかに日本の技術とコンビネーションに魅せられたかの、何よりの証明だ。

★★★

 赤道直下と言っていいニューギニア島の東部を占めるパプア・ニューギニアの過酷なコンディションで6試合を戦ったヤングなでしこ。初戦ではナイジェリアに6−0(得点:籾木結花2点、上野真実3点、オウンゴール)、スペインに0−1、カナダに5−0(長谷川唯2点、上野、林穂之香、杉田)でB組を首位で突破し、準々決勝ではブラジルに3−1(守屋都弥、松原志歩2点)。

準決勝はフランスを相手に圧倒的に攻め込みながら得点を奪えず、延長戦で2失点。籾木が1点を返しただけで、1−2で敗れた。しかし3位決定戦では再びアメリカを圧倒、ボール支配率63%、シュート数29対3と攻め込んだ。ただし得点は上野の1点にとどまり、1−0の勝利だった。

 このチームの構成は非常に興味深かった。

 基本布陣は、GK平尾知佳、DFは右から守屋、乗松瑠華、市瀬菜々、そして北川ひかる、MFはボランチに杉田と隅田凜、右に三浦成美、左に長谷川、そしてFWは籾木と上野。

 このうちGK平尾、DF守屋、乗松、北川の4人はJFAアカデミー福島出身。すなわち、今回のヤングなでしこは、「後ろにJFAアカデミー、前に日テレ」という形だったのだ。

 DFのなかでは、センターバックを勤めたキャプテンの乗松が非常に目立った。守備だけでなくスペースに上がっていくドリブルやそこからのパスは、日本の攻撃の重要な起点となった。

 そして前線では、153センチの籾木が左足を操っての圧倒的なテクニックで攻撃を牽引した。170センチを超す大型DFに物怖じせずに向かっていき、ドリブルで切り開き、決定的なパスを出し、シュートを決める。大会MVPには中盤で落ち着いたゲームメークを見せた杉田が選ばれたが、籾木もMVPの有力な候補のひとりだっただろう。

 そしてもうひとり、左MFとしてプレーした長谷川のプレースピードも、相手チームの守備陣を混乱させた。長谷川も156センチと小柄なうえに細身だが、籾木と同様、大柄な相手にもまったくたじろがなかった。

 5得点で大会トップスコアラーとなった上野は、熊本県出身、鹿児島県の神村学園高校を卒業して、昨年なでしこリーグ2部の愛媛に加入した選手。これまでに代表歴はなかったが、ナイジェリア戦、アメリカ戦で見事なシュートセンスを見せた。166センチで体も強く、今後が期待できる選手だ。

 12月3日にアメリカと3位決定戦を戦い、翌4日に帰国すると、高倉監督は休む間もなく5日から4日間の日本代表候補合宿に向かった。国内組だけの合宿だが、U−20だけでなくU−17の活躍も見れば、どんなに実績のある選手でも安心はできないだろう。

 2017年には、ことしのU−20から、あるいはU−17から何人もの選手がなでしこジャパンに引き上げられるだろう。この2チームには、2019年の女子ワールドカップ・フランス大会、そして2020年の東京五輪で再び世界の頂点を目指すなでしこジャパンの「モデル」があった。

 2016年は、日本の女子代表チームにとって悪くない年だった。リオ五輪に出られなかったが、それを大きく上回る「希望」を見せてくれた年、「新時代」に向け大きな一歩を踏み出した年だったからだ。
(了)